ジーネット株式会社コンサルタント ブログ

待場の教育論

(公開: 2019年08月04日)

 

おはようございます。

 

医師のキャリアプランを軸にして

常勤先の転職、クリニック開業をサポートする

ジーネット株式会社の小野勝広です。

 

世に教育論は多々あれど、

これほどの深い洞察は

そう滅多にないと感じました。

 

本日のブログのタイトルは、

待場の教育論 】 といたしました。

 

医師エージェントブログ

 

本書をピックアップした理由

『 待場の教育論 』

内田 樹 ミシマ社 を読みました。

 

まあ敬愛する内田さんの著書ですから

別に特別なピックアップした理由がある訳ではなく、

むしろ喉が渇いたから水を飲むように、

定期的にそろそろ読まなきゃ…という感じです(笑)。

 

ただ今回は教育論です。

長期に渡り大学教員をされた内田さんですから

相当の思想を述べてくれるのではないか?と

大いに期待を持って本書を手にしたのでした。

 

目次

第1講 教育論の落とし穴

第2講 教育はビジネスではない

第3講 キャンパスとメンター

第4章 「学位工場」とアクレディテーション

第5講 コミュニケーションの教育

第6講 葛藤させる人

第7講 踊れ、踊り続けよ

第8講 「いじめ」の構造

第9講 反キャリア教育論

第10講 国語教育はどうあるべきか

第11講 宗教教育は可能か

 

感想

率直に申し上げて…

スゲー内容です。

 

なぜ文科省はこの通りにしないのか?

頭が悪いんじゃないか?

しがらみから脱しなきゃいけないんじゃないか?

内田さんの言う事を聞けば

もっと良い政策が出てくるんじゃないか?と

素直に思いました。

 

それでは恒例の私がグッときた箇所を

ご紹介します。

 

「今ここにあるもの」とは違うものと繋がること。

それが教育というもののいちばん重要な機能なのです。

(P.40)

 

「学び」とは「離陸すること」です。

それまで自分を

「私はこんな人間だ。

こんなことができて、こんなことができない」と

いうふうに規定していた「決めつけ」の枠組みを

情報に離脱することです。

自分を超えた視座から自分を見下ろし、

自分について語ることです。

自分自身の無知や無能を言い表す、

それまで知らなかった言語を習得することです。

(P.59~P.60)

 

他の専門家とコラボレーションできること。

それが専門家の定義です。

他の専門家とコラボレーションできるためには、

自分がどのような領域の専門家であって、

それが他の領域とのコラボレーションを通じて、

どのような有用性を発揮するかを

非専門家に理解させなければいけません。

(P.92)

 

自分が変わらなければ何も変わらないのだ。

(P.94)

 

「使える専門家」というのは、

誤解している人が多いと思いますけれど、

自分が何をできるのかを言い立てる人のことではありません。

そうではなくて、

自分は何ができないのかきちんと理解していて、

「自分ができない仕事」、

それに支援されなくては

自分の専門的知見が生かされない仕事について、

きちんとジョブ・デスクリプションが書ける人のことです。

そうしないと必要な専門家の「リクルート」ができませんからね。

(P.104)

 

本来、子どもたちに最初に教えるべきなのは、

「このこと」のはずです。

どうやって助け合うか、

どうやって支援し合うか、

どうやって1人では決して達成できないような

大きな仕事を共同的に成し遂げるか。

そのために必要な人間的能力を育てることに

教育資源をはまず集中されるべきでしょう。

(P.108)

 

先ほど、成熟は葛藤を通じて果たされると申し上げました。

子どもが成熟するのは葛藤を経由してです。

それ以外に子どもが成熟する契機はありません。

(P.130)

 

ブレークスルーというのは

自分で設定した限界を超えるということです。

「自分で設定した限界」を超えるのです。

「限界」というのは、

多くの人が信じているように、

自分の外側にあって、

自分の自由や

潜在的才能の発現を阻んでいるもののことではありません。

そうではなくて、

「限界」を作っているのは私たち自身なのです。

「こんなことが私にはできるはずがない」という自己評価が、

私たち自身の「限界」をかたちづくります。

「こんなことが私にはできるはずがない」という自己評価は

謙遜しているように見えて、

実は自分の「自己評価の客観性」をずいぶん高くに設定しています。

自分の自分を見る眼は、

他人が自分を見る眼よりもずっと正確である、と。

そう前提している人だけが、

「私にはそんなことはできません」と言い張ります。

でも、いったい何を根拠に

「私の自己評価の方があなたからの外部評価よりも厳正である」

と言いえるのか。

これもまた一種の「うぬぼれ」に他なりません。

それが本人には「うぬぼれ」だと自覚されていないだけ、

いっそう悪質なものになりかねません。

(P.156)

 

今の時代が失ったたいせつなものは、

この「仲間と互助的な共同体を作って、

貧しい資源を分かち合う」という作法ではないかと

私は思います。

それはでたらめな豊かさを謳歌した80~90年代に

根こそぎ失われてしまった。

だって、もう貧しくないわけですから。

だれも互助も連帯も必要としていない。

その20年間に、日本人は「連帯する技術」を

すっかり失ってしまった。

(P.225)

 

思いと言葉の乖離感は嘆くことでも、

不満に思うことでもない。

それは私たちを成長させる契機である。

私はそう思っています。

それは私たちを「他者の言語」へ、

「外へ」と誘うからです。

(P.250)

 

「死ね」と「生きろ」という

相反するメッセージが同時に到来する。

子どもを持つというのはこういう経験のことなのかと、

そのときに驚嘆したことを覚えています。

人間の本能は葛藤であるというのは、

そういうことです。

人間のすべての感情は葛藤を通じて形成される。

不思議な話しですけれど、

葛藤しているときが人間はいちばん自然で、

いちばん安定しているのです。

(P.255)

 

いかがでしょうか?

私は興奮しながら本書を読みました。

 

内田さんは学校の先生たちに向けて

本書を書いたと述べてますが、

そうですね、

確かに教師すべてが読むべきとも思います。

 

ただ教える人って教師だけではありませんよね。

どこの職場でも先輩が後輩に教える、

上司が部下に教える、

こういった事は日常だと思います。

 

すべての教える人が読むべきとも思いますし、

それだけではなく、

本書には学びの本質が書かれていますから

学ぶ人もすべて読むと良いと思います。

 

ま、つまり皆さん全員読むと良いですよ(笑)。

 

評価

おススメ度は ★★★★★ と文句なしの満点です。

 

既に何十冊も内田さんの著書は読んできましたが

間違いなくベストスリーに入るのではないでしょうか。

 

それくらいに内容の濃い、

そして意義、意味、価値のある本だと思います。

 

それぐらいにスゴイ本なのに

内田さんはあとがきで

「まあ、そういう考え方もあるよね」と

思ってくれればそれで十分とおっしゃってます。

 

やはり本当にスゴイ人ってのは

いつも謙虚なものですね…。

 

教育ってすべての根幹だと思います。

 

私たちの社会の根本には教育がありますし、

家族、会社、病院、人が集まれば組織になり、

組織には必ず教育があり、

教育があるから私たちは成熟できるのだと思うんです。

 

この書評をお読みになったのをきっかけに、

教育について考えてみませんか?

本書を読めばあなたの知性が起動すると思いますよ。

 

それでは、また…。

 

 

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